東京高等裁判所 昭和27年(う)2603号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(爭点)
原判決の認定事実は「被告人は自宅の鷄が紛失したのは、何処かの畜犬の仕業ででもあろうと考えて、これを捕えて鷄の復讐をしてやろうと発意し、X日及びY日の夕刻自宅の鷄舍内に手製の針金ブイリの「わな」を仕かけておいたところ、いずれもその翌日の早朝他人所有の畜犬がその「わな」にかかつて死んでいるのを認めそれが他人の畜犬である情を知りながら、敢えて自己に所得し以てこれを窃盜した」というのである。ここで問題になるのは不法領得の意思が何時生じたかという点である。
(判旨)
他人に一旦馴養され他人の所有となつた畜犬は所有者が拘禁を解いて自由の状態に放任することにより、時に所有者の事実上の支配の及ぶ地域外に出ることがあつても、所有者の事実上の支配に属する一定の棲息場所に復帰する慣習を失わず、又他人が現実にこれに対して拘束を加えない限り、これがためその所有者の支配を離脱することなく、その所持内に在るものということができるのであるから、かかる状態に在る他人の畜犬を領得の意思を以て捕獲し自己の事実上の支配に移す行為は他人の所持を侵したものといわなければならないのである。従つて原判決の認定しているように既に他人の畜犬が被告人方鷄舍内の「わな」にかかつて死んだ後においては、その畜犬は所有者の事実上の支配を離脱したものと認める外ないのであるから、被告人が右わなを仕かけたとき既に他人の畜犬を領得する意思を有していた場合においては格別、他人の畜犬が自己の仕かけた「わな」にかかつて死んでいるのを認めてから自己に領得する意思を以てこれを自己の所持に移した場合においては、その畜犬についての他人の所持を侵したこととならないのである。しからば、原判決がその認定した事実から趣く被告人の所為を窃盜罪に該当するものとしているのは、審理不盡に基く事実の誤認か、又は法令の適用を誤つた違法があるものといわねばならない。